福島の旅1 俊めいがたり 人はつまづきながら、ころびながら、自分を耕しているんですね
2012/5/16 09:45
5月11日~13日まで、知人たちと福島県に行ってきました。
りょうぜん里山がっこうで一泊し、里山学校の校長先生/高野すみこさんと出会う。
里山がっこうでは、米粉パンを毎日焼いている。
朝ごはんの米粉パンはしっとりふんわり、和食と合うパンだった。
子どもたち向けに食育活動のメニューが豊富にあり、
取り組みに力を入れているが、去年は放射能の影響で子どもたちや家族の
来訪者が減ってしまった。
今年も夏休みを控え、徐々に申し込みが戻ってきているそうだ。
エプロンの方が高野すみこさん。
12日、飯館村から避難中の小林麻里さんと合流し、
けるぷ農場へ。
佐藤喜一さんは、今後の方向性として
自然栽培の野菜生産の準備にかかっている。
佐藤さん(左)と、グロッセ世津子さん(右)。世津子さんから、何故養鶏をやめたのか?と
質問があった。
佐藤さんは、
放射能の降ったこの土地で食べていきたいのは、肉ではなく野菜だから、と答えた。
以前、鶏肉の加工場だった工場は、放射能測定の検査室になっていた。
ここには、地元の人たちが検体を持って測定しに来るのを手伝っている。
福島県では70器以上の検査機があっても、検査が間にあわないらしい。

田村市のギャラリー蓮笑庵さんで一泊させてもらう。
ここは、渡辺俊明さん(しゅんめい)のアトリエとギャラリーになっている。
俊明さんは平成17年に他界されてしまったが、
奥さまの仁子さんが「ふくしまひかり塾」の活動を開始している。
構想の一部を紹介しておきます(うつくしま福島復幸プロジェクトのサイトより抜粋)
「ふくしまひかり塾」
多くの人が県外に出ていく現実を踏まえ、福島に生きる私たちが出来ることは、未来
を担う子どもたちとその親を支えて、人々が集まる場をつくること。子ども達が夢と希望
を抱けるよう様々な角度から行動を起こしていくことです。
その一環として子ども達の健康を考え、デトックス効果のある発芽玄米のパンを効果的に焼くことができるよう石窯を設置したいと考えています。
故渡辺俊明が美の浄土を願い自ら設計したアトリエ蓮笑庵を、憩いと学びの場として、また仕事の場としても活かすことができるよう、その仕組みづくりを致します。
休耕の田や畑に蓮や染色用の植物を植え、美観と観光保全に努め、手仕事に繋げ、パン職人や園芸、木工、版画、織物などの職人養成の場でもありたいと思います。
低線量の船引の地で山羊や羊、蚕などかつて私たちの生活を支え、暮らしを共にした生き物たちに触れることは、子ども達の情操を育み、教育にも生かされていくのではないでしょうか。
原発事故によって大きく損なわれた福島の未来を、教育という切り口からアプローチし、地域に根差した衣食住の文化を改めて見直し、復興し、いづれは今回立案した私たちひかり塾の活動が田村市全体を学舎とした市民学校構想に繋がっていくことを願っています。
夕方から、にんじんCLUBで参加している、「うつくしま福島復幸プロジェクト」のメンバーで会議。
夕食時間が過ぎても、時間を忘れて、話しを続けた。
プロジェクトの方向性を確認し合う。

意見の相違ももちろんあり、それは、進めかたの相違は認め合い、想いの共有ははずせない。
想いの共有をとても大切にしているプロジェクトになっている。
仁子さんから、そろそろ夕食ですが・・・・と控えめに言われて
「え?もうそんな時間?」
この話し合いのさなか、時間を忘れる時空にワープしているようだった。
福島こそ日本の光、世界の光になってほしい、という願いを
共有しようというメンバーの気が充満している感じだ。

会議後、
準備をして
夕食会になった。
このメンバーで話し合いを持てたことを
みんなで喜びあう乾杯。
ご縁があるメンバーで、福島のこれからの姿を分かち合えたと思う。
それぞれ現場や仕事の分野が違っても、つながりあう深さが、このプロジェクトの醍醐味である。
食後のお楽しみタイムで、佐藤さんのパーカッション、
丸山さん、はるこさんのギターで、セッション。
丸山さんは
9月2日に上田市で福島の祈り+糸川先生の生誕100年記念のライブを行う。
はるこさんは、この足あとなーに?
という文字アートの本を出版したばかりだ。
それぞれに、福島の復興を支援する活動を自発的に進めている。
丸山さんは、9月2日のライブに、佐藤さんの参加要請をしていた(笑)ので、
ライブメンバーがどんどん多彩になっていくだろう。

5月13日朝、、プロジェクトメンバーの根本さんが笑庵を出発し、ある自治体と森林組合の方々に
微生物や自然の素材を活用する土壌改良の説明に行った。
その話し合いの席で、前向きに導入を検討することになったという。
戻ってきて、その報告をしてくれた根本さんの目に涙が。
メンバー全員、抱き合ってよろこんだ。はるこさんが「ミラクルだ」と言う。
福島の現状や福島の世界を分かち合えないつらさがまだまだ満ち満ちているこの時でも
13日は福島の人々とプロジェクトの手法を分かち合えた喜びも生まれた瞬間。
そういう瞬間を重ねていくこと。
そういう出会いを重ねていくこと。
幾重にも重ねていき、その世界を分かち合えるように。
りょうぜん里山がっこうで一泊し、里山学校の校長先生/高野すみこさんと出会う。
里山がっこうでは、米粉パンを毎日焼いている。
朝ごはんの米粉パンはしっとりふんわり、和食と合うパンだった。
子どもたち向けに食育活動のメニューが豊富にあり、
取り組みに力を入れているが、去年は放射能の影響で子どもたちや家族の
来訪者が減ってしまった。
今年も夏休みを控え、徐々に申し込みが戻ってきているそうだ。
12日、飯館村から避難中の小林麻里さんと合流し、
けるぷ農場へ。
佐藤喜一さんは、今後の方向性として
自然栽培の野菜生産の準備にかかっている。
質問があった。
佐藤さんは、
放射能の降ったこの土地で食べていきたいのは、肉ではなく野菜だから、と答えた。
ここには、地元の人たちが検体を持って測定しに来るのを手伝っている。
福島県では70器以上の検査機があっても、検査が間にあわないらしい。
田村市のギャラリー蓮笑庵さんで一泊させてもらう。
ここは、渡辺俊明さん(しゅんめい)のアトリエとギャラリーになっている。
俊明さんは平成17年に他界されてしまったが、
奥さまの仁子さんが「ふくしまひかり塾」の活動を開始している。
構想の一部を紹介しておきます(うつくしま福島復幸プロジェクトのサイトより抜粋)
「ふくしまひかり塾」
多くの人が県外に出ていく現実を踏まえ、福島に生きる私たちが出来ることは、未来
を担う子どもたちとその親を支えて、人々が集まる場をつくること。子ども達が夢と希望
を抱けるよう様々な角度から行動を起こしていくことです。
その一環として子ども達の健康を考え、デトックス効果のある発芽玄米のパンを効果的に焼くことができるよう石窯を設置したいと考えています。
故渡辺俊明が美の浄土を願い自ら設計したアトリエ蓮笑庵を、憩いと学びの場として、また仕事の場としても活かすことができるよう、その仕組みづくりを致します。
休耕の田や畑に蓮や染色用の植物を植え、美観と観光保全に努め、手仕事に繋げ、パン職人や園芸、木工、版画、織物などの職人養成の場でもありたいと思います。
低線量の船引の地で山羊や羊、蚕などかつて私たちの生活を支え、暮らしを共にした生き物たちに触れることは、子ども達の情操を育み、教育にも生かされていくのではないでしょうか。
原発事故によって大きく損なわれた福島の未来を、教育という切り口からアプローチし、地域に根差した衣食住の文化を改めて見直し、復興し、いづれは今回立案した私たちひかり塾の活動が田村市全体を学舎とした市民学校構想に繋がっていくことを願っています。
夕方から、にんじんCLUBで参加している、「うつくしま福島復幸プロジェクト」のメンバーで会議。
夕食時間が過ぎても、時間を忘れて、話しを続けた。
プロジェクトの方向性を確認し合う。
意見の相違ももちろんあり、それは、進めかたの相違は認め合い、想いの共有ははずせない。
想いの共有をとても大切にしているプロジェクトになっている。
仁子さんから、そろそろ夕食ですが・・・・と控えめに言われて
「え?もうそんな時間?」
この話し合いのさなか、時間を忘れる時空にワープしているようだった。
福島こそ日本の光、世界の光になってほしい、という願いを
共有しようというメンバーの気が充満している感じだ。
会議後、
準備をして
夕食会になった。
このメンバーで話し合いを持てたことを
みんなで喜びあう乾杯。
ご縁があるメンバーで、福島のこれからの姿を分かち合えたと思う。
それぞれ現場や仕事の分野が違っても、つながりあう深さが、このプロジェクトの醍醐味である。
食後のお楽しみタイムで、佐藤さんのパーカッション、
丸山さん、はるこさんのギターで、セッション。
9月2日に上田市で福島の祈り+糸川先生の生誕100年記念のライブを行う。
はるこさんは、この足あとなーに?
という文字アートの本を出版したばかりだ。
それぞれに、福島の復興を支援する活動を自発的に進めている。
丸山さんは、9月2日のライブに、佐藤さんの参加要請をしていた(笑)ので、
ライブメンバーがどんどん多彩になっていくだろう。
5月13日朝、、プロジェクトメンバーの根本さんが笑庵を出発し、ある自治体と森林組合の方々に
微生物や自然の素材を活用する土壌改良の説明に行った。
その話し合いの席で、前向きに導入を検討することになったという。
戻ってきて、その報告をしてくれた根本さんの目に涙が。
メンバー全員、抱き合ってよろこんだ。はるこさんが「ミラクルだ」と言う。
福島の現状や福島の世界を分かち合えないつらさがまだまだ満ち満ちているこの時でも
13日は福島の人々とプロジェクトの手法を分かち合えた喜びも生まれた瞬間。
そういう瞬間を重ねていくこと。
そういう出会いを重ねていくこと。
幾重にも重ねていき、その世界を分かち合えるように。










